大越卓人 昇段レポート
- 2025年08月29日
令和7年3月9日
論語に「四十にして惑わず、五十にして天命を知る」とあります。この言葉との出会いが、私が空手を始めるきっかけになったのかも しれません。
そしてこの度、夢にまで見た極真空手の昇段審査に挑戦する機会に恵まれました。
隠岐会長より、初めて空手の基本を伝授頂いた日から11年が経ちます。長きに渡りご指導賜りました平尾支部長をはじめ、師範、 先生方、先輩方、 及び全ての道場生の皆様に心より感謝申し上げます。押忍。
私にとって極真空手の名は、とても大きな憧れと(正直なところ)恐怖を感じさせる存在でした。夢中になって読んだ劇画の影響もあ り、到底手の届かない超人集団という印象を少なからず持っていま した。ですから、入門はマラソンの完走を達成してから、と目標を 定め、稽古に耐えられる体力作りを一歩ずつ進めていきました。そ の甲斐があったのか、今日まで、歳を重ねる毎に楽しい空手になり ました。
二十歳の頃でしたか、忘れられない出来事がございます。私の叔父の紹介で、ある方と御縁があったことです。その方は、将来の進路 に思い悩んでいた私を、大変親身になって心配してくださり、道場 に通う事をお勧め頂きました。当時未熟な私には、その方から頂い たご厚意を受けとめる勇気がありませんでした。後に総裁の義理の 弟様であったことを知り、呆然としました。今となれば、 その出会いは空手の道に繋がっていたのですが、なんとも情けない 笑い話です。
コロナ禍で世の中が一変すると、私の中にも変化がありました。何度も繰り返し練習した技も、日を空けると、まるで手のひらから砂 がこぼれ落ちる様に忘れ出来なくなる。「空手とは」 などと愚にも付かない事を考えます。自主練に力が入ります。 私は空手の道を進んだ事に後悔はなく、その御縁に感謝しています 。
今年55歳を迎える私ですが、溢れる体力で稽古に臨む若者達を横目に、肩をすぼめながらも、自分の居場所を探し「 五十五にして惑わず」。
今日まで、空手を通じて自分自身と向き合う事が出来たと自負しています。押忍
大越 卓人